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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)942号 決定 1957年3月18日

事実

((抗告人(第三者異議の訴の被告)の抗告理由並びに第三者異議の訴における原告(相手方)の異議事由))

(1)  抗告理由

抗告人が株式会社金剛社に対してなした不動産仮処分命令申請は、申請外右両名の占有を認め之に対して移転禁止の執行をなしたものであり、右占有移転禁止の執行は昭和三十一年五月三十一日執行されたものであるが、相手方はその後昭和三十一年六月二日の公売により所有権を取得し同月八日所有権移転登記をなしたものであるから、相手方が所有権を取得したといつても占有権は前記株式会社に在りこれに対する抗告人の仮処分命令は有効であつて相手方の申請は不当であるので却下されるべきであるに拘らず、これを採用してなした仮処分執行取消の決定は不法である。

(2)  第三者異議の訴における原告(本件抗告事件の相手方)の異議事由

(イ)  抗告人(仮処分債権者、第三者異議の訴における被告)は安田剛蔵に対し宅地を賃貸したところ、同人は抗告人の承諾を得ないで右土地を仮処分債務者株式会社金剛社に転貸し、同会社は右地上に原決定記載の建物を所有するに至つたから、抗告人は安田剛蔵に対し右無断転貸を理由に賃貸借契約解除の意思表示をなしたと称して右会社に対する右土地の引渡請求権を保全するため昭和三十一年五月三十一日右建物の占有移転禁止の仮処分決定を得て、同年六月一日その執行をなした。しかしながら右賃貸物件については賃貸人たる抗告人の承諾があつたし、仮りに承諾がなかつたとしても右転貸借は賃貸借契約における信任関係を破るものではないから、いずれにしても右賃貸借契約の解除はその効がない。従つて抗告人は右のような仮処分を申請することはできない。

(ロ)  右株式会社金剛社は昭和三十年十一月十五日右建物につき国税滞納処分による差押を受け、同月二十一日その登記があり、相手方(第三者異議の訴の原告)は昭和三十一年六月二日右滞納処分に基く公売により右建物の所有権を取得し同月八日その登記を受けた。而して滞納処分は仮差押又は仮処分のためにその執行を妨げられることがないから、相手方は抗告人の仮処分に関りなく右建物の完全な所有権を取得したので、右所有権の行使と相容れない仮処分の執行の排除を求める。

理由

第三者異議の訴において、裁判所が民事訴訟法第五百四十九条第四項、第五百四十七条の規定により強制執行の停止又は既になした執行処分の取消を命ずるためには、その要件の一として異議のため主張した事情が法律上理由ありと見えることが必要である。本件において相手方の仮処分執行取消申立が右の要件を具備するか否かについて判断するに、相手方が異議事由の(イ)に主張するように仮処分における被保全権利の存否を争うことは、第三者異議の訴における異議の事由とはならないのである。第三者異議の訴は、強制執行において、債務名義の効力如何とは関係なく、単に執行の目的物につき債務者以外の第三者としての資格に基いて、所有権その他目的物の譲渡もしくは引渡を妨げる権利を主張し、強制執行の排除を求めるものであつて、債権者が債務者に対し債務名義に記載する請求権を有するか否かの問題とは没交渉である。仮処分における被保全権利を争うには、たとえ仮処分の執行が開始した後であつても、民事訴訟法第七百五十六条第七百四十四条の規定による仮処分異議の申立又は同法第七百五十六条第七百四十七条の規定による仮処分取消の訴等によるべきであつて、第三者異議の訴によることはできない。本件において相手方は仮処分決定があつて後仮処分の目的たる本件建物の所有権を取得したと主張するものであるから、もし抗告人に相手方の前主たる株式会社金剛社に対する仮処分の被保全権利がないものとすれば、相手方としてはこれを主張して法律上の保護を受けることができるはずであるけれども、そのためには、例えば右仮処分決定に表示された仮処分債務者の特定承継人としての資格で仮処分異議の申立又は仮処分取消の訴をなす等の方法によるべきであつて、被保全権利の不存在を第三者異議の訴の事由とすることは失当というほかなく、従つて右異議事由は法律上理由ありとはいえない。

次に異議事由の(ロ)について判断するに、国税滞納処分による差押を受けた者は差押不動産たる建物の処分を禁止されるけれども、これとその建物の敷地の所有者の土地所有権の行使とは別個の関係であつて、土地の不法占有者が所有する地上建物につき国税滞納処分による差押があつたとの理由で、敷地の所有者がその土地所有権の行使を制限されるべきいわれはない。これを本件についていえば、仮りに事実関係が第三者異議の訴における原告(相手方)の主張のとおりであるとしても、本件建物の敷地の所有者である抗告人が、右建物の所有者である仮処分債務者株式会社金剛社に対し土地の不法占有を理由として土地所有権に基き右建物の収去、敷地の明渡を求める権利は、右仮処分債務者が建物につきたまたま国税滞納処分による差押を受けていたとしてもそのために妨げられることがないことは当然であり、公売により右建物が第三者の所有に帰した後であつても、土地所有者はその第三者に対し、右建物の収去、敷地の明渡を求める権利を失うことはない。従つて国税滞納処分による差押中の建物についても、その敷地の所有者が土地明渡請求権を保全するため建物につき仮処分をなすことを妨げないのであつて、相手方が主張するような、およそ国税滞納処分による差押中の不動産については、仮処分申立は被保全権利の如何に関りなく国税滞納処分の執行を妨げるものとして却下されるべきものであるとの見解は当らない。国税徴収法第十九条の規定によれば、かような仮処分の登記があつても滞納処分の執行は妨げられず、公売によつて目的不動産の所有権は第三者に移転するけれども、これにより建物所有権を取得した者は、その建物の旧所有者が建物敷地を使用する権原を有していなかつた以上、当然には公売によりあらたに敷地使用の権原までも取得することにならないのであつて、仮処分によつて保全される債権者の権利、すなわち本件における抗告人の建物敷地所有権の行使は公売によつても妨げられず、相手方は公売による建物所有権取得を理由に右仮処分の執行を妨げることはできない。よつて異議理由の(ロ)も法律上理由ありとは見えない。

してみると相手方の本件仮処分執行取消申立は法律上の要件を欠き理由なきに帰するからこれを認容した原決定は失当であるとしてこれを取り消し、相手方の右申立を棄却した。

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